どんな時も感動する心は病んでいなかった

先日、杉浦貴之さんのイベントへ参加しました。

はじめて、ライブへ行った時のことを、今もよく覚えています。

2009年5月の爽やかな日、抗がん剤治療の副作用の中、坊主頭で深く帽子をかぶっていた。
少し歩くと、息がきれて、休憩しながら、実家の静岡県から愛知県の会場へたどり着いた。

杉浦さんは、若くしてガンを患い、余命宣告をされ、
手術や抗がん剤治療を乗り越え元気になって、全国でライブ活動をしながら
ガン患者を歌とトークで励ましていた。

この時は、両親も一緒に参加した。

今思えば、乳ガン治療中の私のことを心配してくれていたことがわかる、
それに娘が乳ガンになり両親も不安だったのだろう。

抗がん剤治療の副作用で、気持ち悪さやだるさは常にあって、からだは体力がなかった。
毛が抜けて坊主になっていた、見た目のコンプレックスがあった。
いろいろあるけど、新幹線に乗って、出掛けていった。

そして、杉浦さんのトークと歌に感動して、涙を流した。

隣をみると、母も泣いていた。
私の中の感動する心は病んでいなかった。
 

おかげさまで、2009年とは別人のように、私は元気になりました。
今回参加したイベントは、ライブだけでなく、
ランニングの先生からランニングの楽しみ方を教わるイベントでした。
 

杉浦さんにとって、闘病生活から回復する中、走ったことも元気になったひとつだけど、
何がいちばん効いたのか教えてくれた。

それは、母親の存在ですと言っていた。

どんな時も、あなたが生きてさえいてくれればいい、余命宣告をした医者へ
息子は死にませんと言った、強い愛で支え続けた母親の存在は大きかったと言う。

私も両親の支えがあった。
それに気がつけたのは、ずいぶん後になってからでした。

 

闘病生活中、「こんな私は生きていない方が良いでしょ」と、怒り狂ったり、
大泣きしたことがありました。

そんなことを言われた両親の心を今思うと、
なんて言葉を言ったのだと胸が締めつけられます。

そんなことは、すっかり過去となり、笑い合える今は、感謝しかありません。

闘病生活中は、本人も支える側も辛い。
だから、感動することは、心の支えになった、行動する気づきになった。

今は、生きていてよかったーと、心から感じている。