夢の進捗が紹介されました

先月のドリプラマガジンにて、ドリプラ出場後の夢への進捗が紹介されました。
下記に転載いたします。ぜひお読みください^^

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今回ご紹介するのは、
ドリプラ2013世界大会で「アトピーを脱いで本当の自分と出逢う」
というタイトルでプレゼンされ、感動大賞を受賞された笛木紀子
さんです。

アトピーの為に社会生活が送れない人、学校に行けない人、引きこもった人たちが
たくさんいることを社会に知って欲しい、その人たちが体質改善をするとき、
少しでも生きやすい世の中を作ってあげたい!

そんな思いでドリプラに出場されました。

普段は皮膚トラブルを改善する会社「アトピーくらぶ れのあ」を運営され、
重度のアトピーの体質改善のお手伝いをされています。
 

ドリプラをきっかけに笛木さん自身の世界観、そして会社の進むべき方向性が見え、
企業との取組みといった次なるステージに登り続けている笛木さん。

夢の進捗について事例をご紹介いただきました。

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◆福島正伸、ドリプラとの出会い:

私がドリプラに出たいと思ったのは、そこには平等にチャンスがあると思ったからです。
私は、アトピーという病気の実態を社会に伝えたかったのです。
一般的にアトピーとは、皮膚が赤かったり傷があったり痒みを伴う病気と捉えられています。
しかし、私が二十数年間見てきた重度の人たちは、生易しい症状ではありませんでした。
ある人は一人で歩くのも大変だったり、お風呂の介添えが必要だったり、
仕事を止めざるをえない場合や生理がなくなり妊娠できないなど、壮絶です。
でも、誰にも解ってもらえない。家族にすらです。

何かを変えなくては。
私は焦っていました。

その頃、福島先生との出会いがありドリプラを知りました。
2012年の世界大会を見た時、私は来年本選に立つと決めました。
それが、アトピーの人達を救う道だと確信したからです。
 

◆プレゼンで切り開いた一歩:

プレゼンは絶対に失敗できないと覚悟して臨みました。

誰に伝えたいのか?
私はなぜアトピーにこだわるのか?

自分を見つめ直すいい機会にもなりました。
伝えたいことは山ほどありました。

支援会を経て出た結論は、
全ての人が理解できる事を一つだけ伝えようと思いました。

やってきた事全てを理解してもらうのではなく、
みんなが理解できる事一つ
を伝えきろうと思いました。

それが、大自然とアトピーの関わりでした。

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結果、伝える事ができなかった夢も叶いました。
プレゼンが終わってブースにいると、JALの機長さんが2名お見えになりました。
JALがお手伝いできる事は何かありますか?
私はとっさに「世界のつばさにれのあのスイーツを乗せて下さい」とお願いしていました。
数々の過程を踏み1年後JAL様を訪問し、スイーツを食べて頂きました。
JALは衛生管理と品質と数の問題で弊社がやれるか、様子を見ていると思います。
その点では、今回モスバーガーからのスイーツの販売は大いに成果として認められるはずです。

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◆大手企業との商品開発秘話:

さかのぼり、2014年3月12日、モスバーガーの本社でプレゼンする機会を頂きました。
実はその日、スイーツを持って出かけたのですが、スイーツは役だちませんでした(笑)
スイーツを食べていただく前のプレゼンだったのです。
幹部の方二名へのプレゼン
プレゼン後、お二人はこう仰いました。
「日本中の何人のアトピーさんがあなたと関われるの?」
「関われない人はどうなるの?」
「そのスイーツは頂かなくてもいいです。モスがアトピーさんとあなたを繋げましょう」
私の28年間が報われた瞬間でした。

1年後「やさしい豆乳スイーツ」が発売されました。

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この1年間、それなりの開発秘話はあります。
モス社内では、たくさんの反対があったそうです。

製造を引き受けた工場は、営業が作り手にののしられたそうです。
「こんなものできるはずがない」と。
それはそうです。
スイーツの材料の王道をほとんど抜いたのですから。
でも、たくさんの人の力を借りてスイーツは出来上がりました。

結果的に、弊社の名前はモス様側は語りません。
アトピーさんには、「小麦粉・乳・卵・白砂糖」を使っていない事で、解って欲しいとの事でした。
まずこのスイーツを世に出すことが大切だとモスの担当者様は言いました。
今後の売れ行きにかかっているともおっしゃいました。
スイーツの行方を見守りたいと思っています。

実は、モス様には一日1件ほどもスイーツの営業はあるそうです。
それが形になる事は今までなかったそうです。
まさに「ドリプラのプレゼン1本」で頂けた仕事でした。
 

私は今までずっと自分の仕事はマイナーだから、人に理解してもらえないと思ってきました。
医者は敵だと思っていました。
でも、それは間違っていました。
プレゼン後、フォローして下さる医者もできました。
2013年12月14日、東京ドームシティのステージから、
弊社「れのあ」と私の人生は大きく変わりました。

 

◆れのあ、新たなステージへ:

プレゼン後、(株)れのあファクトリーを立ち上げました。

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スイーツに本気で力を注いでいます。
アトピーさんの為に作ってきたスイーツが、全ての人の健康に役立つのです。

れのあの力では日本中にスイーツを広める事は出来ないけれど、大手さんの力を借りれば
優しいスイーツを全国にいるアトピーさんに届ける事が出来ます。
アトピーさんの住みやすい社会作りに一歩貢献です。

コンビニに行っても、体に優しいスイーツが購入できる社会を目指します。
それは、プレゼンでも語った「全ての人の健康に良い」ことです。

「南の島 れの庵」の夢は大幅に遅れるかもしれませんが、
私の理想のスタイルが作れると確信した時に進もうと思っています。
 

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